自分のやりたいことが実現できる場所

竪山 剛 さん

前住地
鹿児島県いちき串木野市
移住後の仕事
農業・地域支援員(地域支援員は平成30年度から)
U・Iターン別
Iターン
移住した年
2013年

移住のきっかけは?

妻が佐伯に転勤したこと。

 農業がしたくて、東京から鹿児島県に初めて移住したのが30代。妻の佐伯市への転勤を機会に、2度目の移住を決意しました。妻は先に転勤しましたが、自分は鹿児島で仕事があったため、仕事をしながら大分県内や佐伯市で農業ができる場所と家を探していました。

 2年くらい探していた時に、たまたま寄った佐伯市青山の「青山ピンコロ軒」で、空き農家住宅と農地を紹介してもらい移住が決まりました。この「青山ピンコロ軒」は、地域を元気にする目的で結成された女性グルーブが運営する直売所で、青山地区の魅力の一つでもあります。

移住の決め手は何でしたか?

地域に活き活きと活動する女性グループがあったから。

 「青山ピンコロ軒」で希望の条件に合う住宅と農地が確保できたことと、地域に活き活きと元気に活動する女性グループの存在があったことが決め手となりました。
 移住して以来、青山の景色にすっかり魅了され、決断のきっかけとなった「青山ピンコロ軒」は今や私の一番の拠り所となっています。

移住に向けた準備はどのようにされましたか?

現地を回って実際に確かめました。

 妻が転勤して以来、およそ2年間、大分県内の市町村からネットや雑誌などで情報を集めました。実際に現地も訪れることもありましたが、なかなか考えていたような移住先が見つからず、半ば諦めかけていました。

 移住が決まってからは、日常用品は引っ越し業者にお願ししましたが、当時農業をしていたせいで農機具などの大きな荷物は、自分で運ぶこととなりました。鹿児島と佐伯の間を何度も往復した記憶があります。また、鹿児島の持家は売ることができましたが、それまで耕作していた農地は未だに売れていません。

仕事や住居はどのようにして見つけましたか?

「青山ピンコロ軒」で地域の方と話ができたこと。

 大分県内や佐伯市でも空き家バンクを探していましたが、なかなか見つかりませんでした。そんな折、「青山ピンコロ軒」に立ち寄り移住先を探している話をしていたら、地区の人が空き家を紹介してくれ現地まで連れて行ってくれました。周りの環境も良く「ここだと思い」移住を決断しました。このピンコロ軒に立ち寄らなかったら佐伯市への移住は無かったと思います。

 青山に移住して農業をしたいと考えていたことから、農地を探していたところ、借りた家のリフォームをお願いしていた大工さんに相談すると、家族の方が所持している農地があるとのとこで、一度に農業で生活ができるほどの農地を借りることができました。その後も地区の方から遊休農地の耕作を頼まれています。

移住前と移住後での暮らしはどう違いますか

幸せを感じる場所で、おいしい野菜と米をつくる!

 移住前とは大きく変わりませんが、圃場の条件などが良くなり、自由な農業ができるようになったことで、仕事は充実しています。安心して口にできるものを、自分の手でつくる。そんな暮らしができて、最高に幸せです。
 ただ、地域との関りが増えたことで、忙しい毎日を過ごしています。

移住後の暮らし(楽しみ、苦労したこと)

移住までが大変だったこともあり今は充実しています。

 やりたいことができるので、今の暮らしには充実しており満足しています。移住までが大変だったこともあり、移住後は特に苦労に感じることはありません。少子化・高齢化が進んでいる地域なので、地域の人といろんな課題を解決していかなければと思っています。

佐伯市に移住を考えている人に一言

直接交流して情報を集めることが大切です。

 佐伯市はとても住みやすいまちですが、中心部と周辺部では生活環境も違います。一番重要なのは、住居と地域性です。農山漁村部への移住を考えている人は、地域住民と直接交流して情報を集めていくことが良いと思います。

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